"Fire King" by A Continuous Lean |
あなたはOpenCVのcv::Mat_<T>を使って、全ての画素値をある関数funcで変換するという処理を行いたいとします。それで、たぶんなんですけど、普通に何も考えず組むとしたらこんな感じのコードになると思います:
for(int y=0; y<src.rows; ++y) { for(int x=0; x<src.cols; ++x) { dst(y, x) = func(src(y, x)); } }なんの変哲もない普通のループです。このコードは普通に動きます。おわり。ちゃんちゃん。
…そういきたいのですが、パフォーマンスを気にする方々はここでいろいろとした疑問が沸き起こってくるわけです。それじゃあどこが悪いのか。1つずつ疑問点を上げ、その上で上記のコードがある程度の合理性を持っているコードであることを示していきます。
疑問1: 関数呼び出しを行っているからその分遅い?
src(y, x)という処理は結局cv::Mat<T>::operator()という関数を呼び出していることに相当します。なので、関数呼び出しを数十万のピクセルに対して行っているため、関数呼び出しにかかるコストが無視できないレベルで発生していくのではないか??
回答: 遅くならない
OpenCVのcv::Mat_<T>::operator()はインライン展開されます。なので、関数の呼び出しに対して発生する速度的なコストは発生しません。安心して使いましょう。
疑問2: 掛け算を余計に行なっているために遅い?
結局cv::Mat_<T>::operator()の行っていることはコードに直すとこんな感じです。
src(y, x) == ((T*)(src.data + src.step.p[0]*y))[x]でも、この項をよく見てみると、xのループに対してyの値は固定されているため、第二項の計算は正直不要でしょう。なのに掛け算の計算でコストが余分にかかってしまうため、速度が遅くなるのでは??
回答: 遅くなるけどそんなに問題じゃない
確かに遅くなりますが、そこまで問題となる箇所ではありません。時代は3GHzに突入しているのです。整数の掛け算にかかるコストなんてたかが知れています。
そんなところよりも、別の箇所を改善したほうが大抵の場合劇的に向上します。仮に、funcの中にstd::expやstd::logが含まれていたとすると…
dst(y, x) = std::exp(-(src(y, x) - mu)*(src(y, x) - mu)); // ぐぎゃー dst(y, x) = -src(y, x)*std::log(src(y, x)); // おもいー…それだけで大分重くなってしまいます。sqrt, sin, cosはまだ我慢できるにしても(それでも掛け算よりは結構重い)、指数、対数関数は普通に使うとかなり重いんです。CV系統などの精度を求めないような計算でしたら、スプライン関数などの近似式に置き換えることを検討しましょう。
at<T>(), operator()は範囲チェックを行ってくれる
昔のOpenCVにはat<T>()と同じような処理をしてくれるCV_IMAGE_ELEMマクロなんて言うものもありましたが、これはもう時代遅れの代物です。なぜなら、cv::Matのat<T>(), cv::Mat_<T>のoperator()は与えられたx, y座標が範囲内のものであるかどうか、きちんとチェックを行ってくれるからです。範囲外である場合には警告を送ってくれます。そういった意味でもCV_IMAGE_ELEMよりatやoperator()を利用していくべきでしょう。
『余計な範囲チェックを行っているために遅くならないのか?』という疑問もあるかもしれませんが、この範囲チェックはReleaseモードで消去されます。なので実際の動作には全く影響されないのです。
cv::Mat::at<T>(), cv::Mat_<T>::operator()は早い
at<T>(), operator()はきちんと考えられているメンバ関数です。ポインタを用いてがりがり書いたコードよりは少し遅いかもしれませんが、この遅さは全体のアルゴリズムに影響するような遅さではありません。ほっと胸を撫で下ろし、安心して使いましょう。
でもやっぱり速度が気になる
とはいっても、きちんと書かれていないという神経質な方もいるかもしれません。at<T>()なんて負けた気がして使いたくない……その場合のコードは大体以下のようになります。
for(int y=0; y<src.rows; ++y) { uchar* src_ptr = src.ptr<uchar>(y); uchar* dst_ptr = dst.ptr<uchar>(y); for(int x=0; x<src.cols; ++x) { dst_ptr[x] = func(src_ptr[x]); } }これだけじゃあ高速化されたといっても微々たるものなので、せっかくですからOpenMPによる並列化を行ってみましょう。さらにassertでサイズが合っているかチェックを行うようにして…そうすると最終的なループはこんな感じになります。
assert(src.size == dst.size); #pragma omp parallel for for(int y=0; y<src.rows; ++y) { uchar* src_ptr = src.ptr<uchar>(y); uchar* dst_ptr = dst.ptr<uchar>(y); for(int x=0; x<src.cols; ++x) { dst_ptr[x] = func(src_ptr[x]); } }…大分行数が増えてしまいました。ただ自分がやりたいことは全画素に対してfuncを適用させたい、ただそれだけなのに、ここまで行数を書く必要があるのです。しかもぱっと見で何をしたいのか良く分からない。面倒ですし分かりにくい。
ここで、C++を少しかじったことのある人でしたら、ユニタリー関数を適用させる表式のアルゴリズム関数を適用すればいいんじゃね?といった考えに至るのは自然な発想でしょう。こんなふうに:
template<typename SrcType, typename DstType, typename UnaryFunction> void transform_image(const cv::Mat_<SrcType>& src, cv::Mat_<DstType>& dst, UnaryFunction unary_op) { assert(src.size == dst.size); #pragma omp parallel for for(int y=0; y<src.rows; ++y) { // equivalent to ptr<T>(y) const SrcType* src_ptr = src[y]; DstType* dst_ptr = dst[y]; for(int x=0; x<src.cols; ++x) { dst_ptr[x] = unary_op(src_ptr[x]); } } }上の形の式をヘッダファイルあたりに定義してやれば、後は以下のようなラムダ式を利用して書くだけで自動的に最適なループ処理を行ってくれます:
transform_image(src, dst, [](uchar x) -> uchar { return cv::saturate_cast<uchar>(x*2); });この表式ですと、どんな変数がなんの変数に影響を及ぼすのか、全画素に対してどのような処理を行うのか一目瞭然です。また、引数に渡すunary_opはコンパイラの最適化処理によって自動的にインライン展開されるため速度的なオーバーヘッドはありませんし、OpenMPによる並列化も行ってくれます。また任意の関数オブジェクトを作用させることができるので、非常に使い回しの効く関数となっています。
画素云々について言及している方はこれまで数多く見かけましたが、このような画像に特化したアルゴリズム関数について言及している方は、何故か誰もいないというのが現状です。なのでまぁ自分用にざっくり書いているコードなのでいろいろと不備はありますけど、上記のようなアルゴリズムを詰め合わせた補助ライブラリを近いうちに上げていきたいと思います。
追記(2011/09/24): 記事のとおり、補助ライブラリであるcvutilをgithubに上げました。詳細は別記事『OpenCVアルゴリズムを高速に記述できる補助ライブラリcvutilを公開します』を参照してください。
補足
『イテレータを使って標準のアルゴリズムを適用すればいいだけなのでは?』と思う方もいるかもしれません。つまりこんな感じですね:
std::transform(src.begin(), src.end(), dst.begin(), [](uchar x) -> uchar { return cv::saturate_cast<uchar>(x*2); });確かにこの式でも動くんですけど、速度は遅いです。なぜならこのイテレータの指しているデータは、メモリ上に連続していないからです。言い換えると、任意の自然数Nに対して『&(*(iter + N)) == &(*iter) + N』であることが保障されていないため、きちんと対象のデータを指し示すように補正しなければならない。その補正処理に余分な負担がかかって遅くなってしまう。ただ、もしメモリ上に連続であるならば直接ポインタをイテレータとして入れてやることで、(きちんと動作する保障はないですが)高速に動作してくれるでしょう。並列化はされていませんけれど。
また、上記のtransform_imageは並列化は行われておりますが、SIMDによる高速化は行われておりません。これをジェネリックに行うというのは現状としてなかなか厳しいのですが、Boost.SIMDの登場によってある程度の希望の光は見えてくるのではないかと思っています。
追記:
- (2011/09/16)コードをコンパイルが通るように若干の修正。ucharを暗黙的に使うのではなく明示的に指定するようにした
- (2011/09/17)記事を書いていて初めて知ったんですけど、ptr<T>(y)はcv::Mat_<T>だとoperator[]でオーバーロードされていたんですね。恐らくこれを用いることがOpenCV側の意図しているところだろうと判断し、上の式を書き換えました。
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