2013/11/30

ビットコインの知られざる技術的魅力とその可能性


概要

ご存知の通り,ビットコイン(Bitcoin)と呼ばれる謎の仮想通貨が今世界中で大きな話題を呼んでいる.日本においてもその流れは例外でないものの,その話題の殆どがネガティブなイメージ(リンデンドルやチューリップの球根など)とともに報道されることが多い.しかしながら,これらの報道によってビットコインをただの投機先の一つと断定することは早計である.ビットコインがもつ本当の魅力は値段ではない.本当の魅力はビットコインの背後に隠れた優れたアイデアと,その可能性にある.本記事では,一般に語られるビットコインの値動きではなく,これまであまり知られていない,ビットコインが持つ別の可能性について簡単に紹介する.

なお,本記事は読者が,ビットコインやネットワークに関する初歩的な知識を持つものとして話を進める.ビットコインについての概要はビットコインとは?,もしくはbitcoins.comが詳しい.また余談ではあるが,はじめてビットコインの概要を知った方がもつ典型的な疑問や疑惑のほとんどは,Bitcoin wikiMythsの項で詳しく言及されている.興味がある方はそちらを参照されたい.

イントロダクション

技術的な詳細を省くと,一般のユーザにとって,ビットコインは円やドルなどの従来の法定通貨には無い4つの利点があることが知られている.

  • 世界中の何処からでも送金できる.国境による制約を受けない.
  • 通貨の偽造が非常に困難であることが数学的に保証されている. 
  • 銀行口座は決して凍結されない.
  • 誰に対しても非常に安い手数料で送金できる.

しかしながら,これらの利点は日本にいる一般的な消費者にとってあまり魅力的でない.偽札が氾濫し投資行動も制限されている現在の中国では,決して偽造できず,世界中に送金できるビットコインは大きな利点がある.その一方,日本の大多数の消費者は海外送金には興味がなく,日本円の価値も揺るぎないものと信じられている.中国と比較して,日本でビットコインが相対的にあまり話題にならない理由の一つはそれらの違いにあると考えられる.

だが,現在一般に知られる上の利点は,ビットコインがもつ多くの性質のごく一部にすぎない.事実,ビットコインのプロトコルは送金処理だけでなく,借用証やエスクロー,株式取引にも応用できることが分かっている.特に,ビットコインのプロトコルを利用して,株取引や物品の売買などをすべてビットコインのネットワーク上で実現しようと試みる,BitcoinX (Colored Coins)と呼ばれる取り組みがある.以降はこれらの機能に焦点を当てて説明する.

ビットコインネットワーク

ビットコインは中央管理が存在しない,P2Pのデジタル通貨である.ビットコインを使うことで,ユーザは自分が持つウォレットのビットコインを,他のユーザのウォレットへ送金できる.「アドレス」「送金」などの用語から,ビットコインが行っている処理はまるでAliceがBobにメールを送信しているかのようにビットコインのデータを直接送っているように見えるが,その実体は大きく異なる.

ビットコインの実体は巨大なP2Pの分散型データベースである.例えば,AliceがCarolから貰った1 BTCを,Bobに送金する場合を考える.この場合ビットコインが行っている処理は,AliceがBobに対して1 BTCのデータを何かの形で送信しているのではない.実際は,Aliceがビットコインネットワークの全体に対して,「AliceがCarolから貰った1 BTCのうち,1 BTCをBobに送金する」という内容のトランザクションを宣言している.次に,ビットコインの参加者はこの宣言を検証して矛盾がないことを確認し,分散型データベースに対象のトランザクションを記入する.二重払いなどの矛盾がある場合は,単にそのトランザクションは無視される.分散型データベースに記入されているのはAliceやBobの口座残高ではなく,「XがYから貰ったM BTCのうち,N BTCをZに送金する」といったトランザクションの集合である.

興味深いことに,このトランザクションの内容は表現力を持ったスクリプト言語で記述されている.これは,トランザクションに書き込める内容は送金処理といった単純な取引だけでなく,より複雑な取引にも対応できることを意味する.Contractsではその具体例としてデポジット,エスクロー取引,保証契約にも応用できると提案している.トランザクションの内容は誰もが見られる形で保存されるため,契約書の内容は決して偽造されない.そしてこのスクリプト言語を別の形で利用することで,ビットコインを実際の資産売買や権利譲渡にも応用しようとする取り組みがBitcoinX,またはColored Coin(色をつけたコイン)と呼ばれるプロジェクトである.

BitcoinX (Colored Coins)

BitcoinX (またはColored Coins)はトランザクションのスクリプトを利用して,特定のビットコインにビットコイン以外の価値―例えば債権やコモディティなど―を結びつけるプロジェクトである.この別の価値を結びつける行為のことを,発案者は「色をつける(Colored)」と表現している.BitcoinXを使うことで,ユーザはビットコインの送金と同じ感覚で,安全かつ確実に資産の受け渡しや売買を行える.

クリスマスコンサートのチケットを例に説明する.Aliceは有名なクラシックコンサートの主催者で,チケットをビットコインでも発売したいと考えている.この場合,AliceはまずBitcoinXを使って特定のビットコインに「色をつける」.例えば,あるコインには「2013年12月24日 六本木クリスマスコンサート A-20席」,もう一方のコインには「2013年12月24日 六本木クリスマスコンサート S-3席」といった色である.色をつけるビットコインの額自体は少額で構わない.これは原価の安いただの紙切れが,コンサートの入場権という価値を持つことで高い値段が付けられる現象と似ている.ビットコインに色をつける行為自体は誰でもできるものの,誰が色を付けたのかという署名も一緒に記入される.この署名の偽造が困難であることは数学的に保証されているので,攻撃者によるチケットの偽造も同様に困難である.

次に,Aliceはこの色のついたビットコインを販売して,多数の顧客に送信する.顧客が入場の際に行う操作は,単にこの色がついたコインを携帯のウォレットに入れ,入場口の端末にかざすだけでよい.なぜなら,分散型データベースにはこの色のついたコインが最終的にどのウォレットに入っているのか,誰もが見られる形で記録されているためである.

ここで,顧客の一人であるBobは急な仕事でコンサートへ行けなくなったため,手持ちのチケット(色のついたコイン)を売却したい場合を考える.このとき,Bobはチケットを購入したい第三者を見つけ,スクリプトを利用したエスクロー取引で安全にビットコインとチケットを交換する.このとき実際に行われるのはビットコインネットワークを使用したビットコインの交換だけであるので,手数料は非常に安く抑えられる(詳細はContractsを参照されたい).

このアイデアは単純だが幅広い応用が考えられる.例えば債権の売買や,オークション,株式の発行などである.これまで,ユーザはこのような取引を安全に行うために,国や企業などの仲介者に対して多額の手数料を払う必要があった.BitcoinXを使用した場合,ユーザはこのような手数料を払う必要はない.かつ,これらの取引は誰もが見られる形で公開されるため,偽造などの不正は困難である.

さらにこのアイデアを発展させて,特定のビットコインと実際の通貨を結びつけることができる.ここで,ある企業が特定のコインに「100円」という色をつけたとする.このコインを実際にその企業の店頭に持ち込めば,100円と交換してもらうことができる.すなわち,このコインは100円の価値を持つ(この色をつけるBTCの額は,市場で取引される日本円の価格と対応していないことに注意されたい.すなわち,色をつけるBTCの額は,コンサートチケットと同様に少額で構わない).結果として,日本円はビットコインと同じような形で流通させることができるようになり,かつその流通にかかる手数料は非常に安く抑えられる.もちろん,ドル,ユーロ,ウォンなどの他の通貨も,同様の手続きでビットコインネットワークに流通できる.もはやビットコインは仮想通貨をやりとりするためだけの存在ではなくなった,ビットコインは仲介者が存在せずとも,安全かつ確実にあらゆる取引を遂行するためのプラットフォームにも成り得るのだ.

まとめ

ビットコインはよくバブルと共に語られることが多いが,ビットコインの本当の魅力は値段でなく,その背後にある技術と可能性である.その可能性の一部として,本記事ではビットコインを介したエクスロー取引や,資産取引の具体例について説明した.ビットコインを使うことで,ユーザはあらゆる取引を,仲介手数料を殆ど取られることなく安全かつ確実に遂行できる.

現在,BitcoinXは実際のBitcoinクライアントには統合されていない,開発途中のプロジェクトである.この開発を積極的に進め,将来的にはモバイルなどの端末機器でも使えるようにすることが求められる.また,課税問題やマネーロンダリングなどといった,解決すべき法的課題も多い.しかしながら,将来的にはこれらの懸念は段階的に解決されるであろうと考えられる.ビットコインはあらゆるトランザクションが公開されるプラットフォームであるため,将来的にはむしろ,従来よりも透明性の高い資産取引とその課税ができるようになるだろう.

ビットコインの未来は誰にも分からない.しかし,匿名のエンジニア―Satoshi Nakamoto―が発表したこのアイデアが画期的であることは疑いようがない.たとえビットコインの価格が崩壊しその価値を失ったとしても,この先進的な技術を他の分野へ応用することは重要であると考えている.